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[中国伝統医学] ソンシバクの誓い(孫思邈の誓い)

西洋にはヒポクラテスという医聖がおり、そのヒポクラテスが打ち立てた医者の倫理である「ヒポクラテスの誓い」の思想は現在でも受け継がれています。僕も鍼灸学校に入ってすぐこの「ヒポクラテスの誓い」を教えられました。

そんなことをすっかり忘れた数年後、僕は鍼灸師になりたてで、毎日暇なので中国の医学文献をひたすら読んでいるという時期がありました。その時、唐代のお医者さんである孫思邈が書いた『備急千金要方』という本をたまたま手に取って読んだのですが、その中に「大医精成篇」という一篇がありました。篇の内容を簡単にいうと、「ヒポクラテスの誓い」と同じく医の倫理についてです。

僕は中国伝統医学を行っている者ですから、唐代のお医者さんが漢文で書き残した医の倫理は、ヒポクラテスの言葉よりもずっしりと重みがありました。この「大医精成篇」は僕の命名でひそかに「孫思邈の誓い(ソンシバク)」の誓いと名付けられ、全て現代日本語訳をして、当時の仲間内に頼まれてもいないのに配っていたくらい気に入っていました。

孫思邈という名は日本人ではほとんどの方が聞いたことがないでしょうが、中国では結構有名で、中医学とは全く関係のない中国人学生に孫思邈のことを話しても大定の方が知っていました。薬王という名でも呼ばれ、北京の白雲觀にも祭られていました。僕は特に信仰がないのですが、縁起が良さそうな所が気に入って、北京留学中は白雲觀には3度程足を運び、その度に孫思邈の前に跪き、胸の内で何かの誓いを立てていました。


  ↑白雲觀の薬王殿

また、北京の南側の豊台区には薬王廟があり、僕の留学中にたまたま数十年ぶりに薬王祭を復活させるという試みがなされ、北京で最も多く読まれているタブロイド判の『北京晩報』でその情報を得た僕は、早速友人達を誘って北京の外れまで祭りを見に行きました。祭りは孫思邈の誕生日とされている旧暦の4月28日に行われ、あの日の北京は真夏のように暑かったのを覚えています。

後から知ったのですが、薬王廟は明代に建てられ、その後康煕33年(1768年)に修復されて今に至るようで、結構歴史があるようでした。廟内には、医学関係の神仙ということで、黄帝や神農も一緒に祭られ、孫思邈が虎に乗って龍へ鍼を打つ図なんかもあり、マニアにとってはなかなか楽しめる場所です。ただ、交通のアクセスが最悪で、普通のタクシー運転手では辿りつけないかもしれませんが、マニアはそれでも行くのです。一応この記事を見て行きたくなった方がいるといけないので、住所だけ書いておきます。

   住所:北京市丰台区花乡看丹口村东口

その時に乗ったタクシーの運転手にとっては、変な日本人と変な場所に行ったという印象が深かったらしく、帰国して数年後に行った北京旅行の際、たまたま逢った時も覚えていてくれました。

今回はそういうことで、「孫思邈の誓い(ソンシバクの誓い)」全文の現代語訳をアップロードして、皆さんに見て貰いたいと思います。ちょっと長いですが、興味のある方は辛抱して読んで下さい。また、なかなか上手い翻訳ができていないので、「もうちょっとこうしたらいいんじゃない」なんて箇所があったらお教え下さい。

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---------------孫思邈の誓い(ソンシバクの誓い)---------------
 張湛は云った「経方に精通するのは大変困難なことであり、これは古から現在まで変わらない状況です。」と。病の本質は同じでも、外に現れる症状が違ったり、また、病の本質が違うのに、同じ症状が出現することがあります。

 このようなわけで五臓六腑の虚實、血脉榮衞の通塞は、本来耳目によって察知することの出来るようなものではなく、必ず証候を診断して判断していくものなのです。

 脉には浮沈絃緊があり、穴や流注には高下淺深の区別が有り、肌膚筋骨には厚薄剛柔の差異があります。ただ心を精微にしてこれを用いる人のみが、始めてこういった道理と同じくすることができます。

 もし、非常に精微な医学道理に対して、粗浅な思想をもって求めていくとすれば、それは大変危険なことではないでしょうか。例えば、実をさらに実し、虚する者をさらに虚させ、通利しているものをさらに通じさせ、閉塞しているものをさらに閉塞させ、寒えているものをさらに寒やし、熱しているものをさらに熱してしまうように、重ねて病に加勢してしまうようなもので、このような凡庸な医者が患者の治癒を願って治療しても、却って害を及ぼすだけなのです。

 醫方卜筮の技能に精通するのは難しく、神仙に伝授されるものでもありません。では、どの様にしてこういった医学道理を身につければよいのでしょうか?

 世の中にはこのような愚か者がいます。数年間医方を学んでも、世の中に治せる病が無いと謂い、数年治療経験を積むに及んでも、処方できる方剤がないことを知るだけなのです。

 このようなわけで、医道を学ものは、博く学び、医道を極め、学問を怠ってはなりません。学んだことを軽信してはならず、自分は医道を極めたと思いこみ、人に言うことは、自らを過ちに陥れてしまうのであります。

 品徳高尚で、優れた医者が病を治療をするときは、必ず心志を安定させ、欲求を抑えて無くし、大慈惻隱の心で人を苦しみから救うことを願い誓います。

 もし、病み苦しんでいる人が救いを求めて来たならば、その人の貴賤、貧富、年齢、美醜、怨恨や近親、仲の善し悪し、外国人や愚者、智者の区別をせず、皆を一様に親が子供を想うような気持ちで迎えます。

 また、病人がいれば自分の損得を案じて治療をためらい、自己を護ることを考えません。病人が苦悩していれば、それを親身になって受け止め、道が険しかろうが、朝だろうが夜だろうが、寒暑が厳しかろうが、飢渇していようが、疲労していようが、一心に治療に赴き、時間を遅らせたり、口実を作って断ったりしません。このようにすれば凡人であろうが大醫になることができます。これに反する者は人類の大賊いえましょう。

 古より名醫が病気を治療するときに、多くは生き物を用いて病人を救っています。人は貴く他の生物は卑しいといいますが、命の重さにおいては人も他の生物も同じです。他の生き物を殺し、それによって人の生命をすくうのは、物の道理や人情でいえば辛いことですが、人の生命が無くなることにおいてはなおさらそう思うでしょう。

 しかし、他の生き物の命によって、人の命を救うということは本当の意味で命を救うことにはほど遠いことです。私が本書『備急千金要方』で生き物を用いずに藥を精製するという所以は、こういったことに依ります。

 これは、市街で已に死んだ生き物を買って用いるということではありません。ただ、鶏卵のような未だ命が形として形成されていないものは、必ず緊急の時を定めて、やむを得ずこらえ忍んで用います。こういった物を一切用いずに治療する方は、見識が高く道理を極めた方であり、私の及ぶ所ではないでしょう。

 もし、瘡痍、下痢、臭穢を患う病人がいて、人々がそれらを嫌っている所を見れば、そういったことを考えているのを恥ずかしく思い、病人を哀れみ痛んで、その苦しみを理解するように接して、決して不快などどとは感じません。これが私の志であります。

 醫者の風格としては、よく精神が安定しており、雑念が無く、風貌は荘厳で、心は寛容であり、傲慢になったり、自分をむやみに卑下することも無いようにありたいものです。

 病を診断するにあたっては心を専一にしてのぞみ、詳らかに証候を察し、少しも間違ってはいけません。「病人がいれば速やかに治療をするべきである」とよく言われていますが、重要なのは病人を前にして惑うことのないようにして治療にのぞむことで、診断を詳しくして深く考えることであります。

 生命を扱う仕事に於いては、あまり考えずに軽率に治療をしたり、自らを名醫と名乗り、民衆へ醫術をひけらかすことをしてはいけません。名誉を貪欲に求めていくことは、仁に反することです。

 また、往診の際は、病人の家へ入ってもその家にいる方々や、家の中を物色するような真似をしてはなりません。また、音楽などが流れている時にも、それを楽しんでいるような態度はとってはなりません。珍貴な食べ物があってもそういったものは他者へ分け、自分は質素なもので済ませるようにしなさい。名酒が目に入っても、そういったものは無視して通りなさい。

 私がこのような事を謂う理由は、その家に一人でも病人がいれば、その家全体が暗く落ち込んでしまうもので、ましてや病人の苦しみは一時も休まることの無いものです。それなのに醫者が歓楽して、目の前にある一切の物を自ら楽しんでいるのは、大変恥ずかしい行為なのであり、大醫はこういった行為はしません。これは醫者の基本的な道徳であると私は思います。

 私が醫者が己の能力を自負したり、財産を得る為に醫術を行うことを戒めている理由は、只だ心を救済するということに集中して醫術を施していけば、死後運命において、たいへんな幸福を感じることができるでしょうからです。

 また、富貴な病人に対して、必要のない高価な処方を出したり、困難な要求をすることはしてはなりせん。また、自ら自分の功績などを病人に誇示することは、忠恕の道に背くことです。私の志は世を救い、民を濟うことにあります。

 このようなわけで、私はこれらの道理を細かく論じますが、學者の方々はどうか私の粗俗な講義を得て、これを恥じと思うようなことはなさらないで下さい。

※翻訳には段逸山主篇『医古文』(人民衛生出版社,1993年2月第一版第4次印刷P156~P162)の注釈を参考にしました。


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